prism-TAKUMA 08’1th.2th


■1月21日(月)■15:00〜16:00
TAKUMA君と私とは、彼が幼児期からだからもう10年以上もの長い付き合いになる.だから現在は、お互いに 相手のその時どきの体調や気分が瞬時に読めるようなところまできている.TAKUMAくんの意識状態は独特で、一見すると「薄明」で「散漫」で、ひとつの事柄に集中しているようには見えないかもしれない.しかし実は、内面の集中度はすごく高くて、彼の意識は部分ではなく、全体を感じるほうに向かっているのではないか…と思う瞬間が、多々ある.「だからこそ」と言えるかもしれないが、TAKUMAくんは非常に勘が良い.他の場所ではどういう情況なのか見たことはないが、少なくともPRISMでは、場や人の雰囲気をよくつかんでいるように感じられる.もともとそういうタイプではあるが、だいたいこれくらいの年齢になると、クラスは教師だけの責任ではなく、ある意味 そこにいる人間全員の共同作業で作っていくようになるのかもしれない.それはとても自然なことのような気がする.
そんな感じで、今日も言葉遊びや私との表情の掛け合いを楽しみながら、ユーモラス 且 リラックスした雰囲気の中で自由に描いた.ここ数年の間に色彩を用いた表現の幅が広がり、そのことで自信も生まれ、ぬらし絵(=水彩 )がますます好きになったTAKUMAくん.先にも書いたように、描いているときは全く意図的でないように見えるのに、出来上がった作品はいつも素晴らしいもので、ほとんどが季節の雰囲気を先取りしているという、そのセンスと色彩のあまりの美しさにびっくりすることがしばしばある.
それで、もっと詳細に描いているときのTAKUMA君を観察してみると、彼の無意識に近いところに存在する極めて深い意識が(たぶん)、ちゃんと色彩を見極めつつ絶妙なコントロールを行っていることに気付かされ、さらに驚く私なのだった.
      


■2月4日(月)■15:00〜16:00
TAKUMAくんはコンスタントに情緒が安定しているタイプだ.プリズムではそうだと言える(学校や家庭でもそういうふうだと伺っている).それでも、記憶を交えながらこのように改めて文章に起こしていくと、彼も 幼児期からこれまでの成長の途中には、順当に揺れた時期があったことを思い出す.
まず初めての出会いの時、TAKUMAくんはまだ幼児で、“ゆたか学園”に通っていた.小さくて、弱弱しくて、握力が無いに等しいくらいで筆も握れなかった.お母さんから預かると、いつもエンエン泣いていたっけ…だからたくさん外に連れ出した.プリズムはお絵かき教室なのに変だよね?でも、腰の力をつけることが先決課題だった. 団地の庭は、たくさんの種類の樹木が植えられているうえに広くてアップダウンに富んでいるので、訓練と遊びを兼ねることのできる最高の場所だった.
それから小学部に入り、だんだん体つきもしっかりしてきて、やがて『9才の危機』 を迎えた時は、お母さんもずいぶん困惑していらっしゃった.もちろんプリズムでも大いに反抗してくれて、特に彼の頑固さの前には、私もどうしていいかわからないような時があった.でも同時に、周囲の世界に対する認識力がついてきたことが、その頃の絵の描き方の中に見て取れたのも確かだ.また、中等部の頃の作風にも、認識の拡大を示す変化が顕著に訪れたことを記憶している.
いくつもの成長の節目節目を乗り越えて、今の落ち着いた彼があるのだな〜と、Takumaくんと会話や冗談を交わしながらも、時々感慨深いものがこみ上げて来る.
「長い間服用していた癲癇のお薬を、もう飲まなくてもいいようになったんですよ」と、昨年、Takumaくんのお母さんが嬉しそうにおっしゃった.実は、私はTakumaくんのお母さんはとても偉い人だと思っている(他のプリズムの保護者の皆さんも同様だが).中等部に上がってからアトリエに来る回数は各週(月2回)に変わったが、それまでは毎週(月4回) かかさず通って来られた.お母さんにとっては大変なときもあったかもしれないが、いつも彼の気持ちを尊重なさって、すぐに目に見える結果の出るわけではない(もしかしたら出ないかもしれない)プリズムのような場所に、毎回律儀に通い続けてこられた・・・そのことだけでも賞賛に値すると思う.今、彼の描く水彩画は、いつも絶妙なバランスを伴った驚くほどきれいなものに仕上がっている.

    


Profaile

TAKUMA君は小学校に上がる前、“ゆかた学園”に通っていた幼児の頃からプリズムに来ている.現在は特別支援学校の高等部の1年生.だから私とはもう10年以上もの長いお付き合いということになるわけだが、私にとって、生徒の幼児期からずっと関わっているということはサポートしていく上でとても役に立つことを実感させてくれる.TAKUMAくんにしてみても、10年近くも毎週(中等部からは隔週)会って一緒に遊んだり絵を描いたりしてきた人なので、たぶん私が特別な存在であることは間違いないと思う(それは私も同じなので).また、PRISMで絵を描くという行為が、彼の生活の中に確実に組み込まれている.このことは彼の人生にどういう影響を及ぼすだろうか…?と時々考えるときがある.PRISMでいつも絵を描いてきたこれまでの人生、そしてもしかしたらこに来ることのなかったかもしれない人生…もちろん、PRSMに来なかったとしても、他の何かしらの楽しみを見出したかもしれない.「〜たられば」はあり得ない、と知りつつも、彼はどのような人生を喜ぶのだろうか?そういうことを考えてしまう.そしてTAKUMAくんがPRISMに出会って、そして続けてきたことを「良かった」と確信するのだ.
inserted by FC2 system